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甲府地方裁判所 昭和27年(行)8号 判決

原告 植松延男

被告 山梨県知事

主文

被告が昭和二十七年十月二十日附を以てなした山梨県北巨摩郡高根村(旧安都玉村)北割字持井第四千二百五十八番原野四畝十二歩の内九十八坪の土地に対する賃貸借契約の解約を許可しない旨の処分は之を取消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は之を三分しその一を被告その余を原告の負担とする。

事実

原告は被告が昭和二十七年十月二十日附を以てなした別紙目録表示の各土地に対する賃貸借契約の解約を許可しない旨の処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めその請求原因として原告は昭和二十七年七月十七日被告に対し別紙目録表示の土地の賃貸借につき旧農地調整法第九条第三項による賃貸借契約解約の許可申請をしたところ被告は同年十月二十日附を以て右賃貸借契約の解約を許可しない旨の処分をなし同年十一月九日原告に対し右処分の通知をした。しかしながら右被告のなした処分は次に述べる理由により違法である。

第一、違法原因

原告は昭和二十一年一月三十一日訴外比奈田徳賢に対し別紙目録表示の各土地及び同所第三千六百三十六番田五畝三歩を賃料標準米受験済九俵及び藁一〆と定めて賃貸したが、昭和二十二年一月中右第三千六百三十六番田は返還を受けたので同年以降賃貸地は別紙目録表示の三筆となり賃料も玄米二俵を差引き同目録記載のとおりとなつた。しかるところ同訴外人は右賃料の内昭和二十一年度においては藁一〆に該当する金百円の支払をせず昭和二十二年度においては玄米一俵金参拾円の割合に依て計算した金弐百拾円の内金百六十円を支払つただけで残金五拾円、小麦五升に該当する金百円、藁一〆に該当する金百円計金弐百五拾円の支払をせず、昭和二十三年度においては玄米一俵金参拾円の割合に依て計算した金弐百拾円全部及び藁一〆に該当する金百五拾円計金参百六拾円の支払をせず、昭和二十四年度においては玄米一俵金参拾円の割合に依て計算した金弐百拾円小麦五升に該当する金百四拾六円計金参百五拾六円の内金参百弐拾円を支払つたのみで残金参拾六円及び藁一〆に該当する金弐百円計金弐百参拾六円の支払をせず、又昭和二十五年度においては玄米一俵金弐百拾円の割合に依て計算した七俵分金千四百七拾円、小麦五升に該当する金百六拾九円及び藁一〆に該当する金弐百五拾円計金千八百八拾九円の支払をせず、結局以上合計金弐千八百参拾五円の賃料支払を怠つた。そこで原告は昭和二十六年六月十九日附の書留内容証明郵便を以て同訴外人に対し右延滞賃料を催告書到達の日より七日間内に支払うべきことを催告し右期間内に支払をしないときは賃貸借契約を解除する旨の条件附契約解除の意思表示を為し、右書面は同月二十日同訴外人に到達した。しかるに同訴外人は右催告期間を徒過し其の後同年七月七日に至つてづさんな計算に基き金千四百円を供託し原告に対し供託書の送付をして来たが原告は催告期間経過後であり且つ計算が相違しているので直に之を返戻した。以上の経過よりみて訴外比奈田徳賢は何等宥恕すべき事情なくして長年に亘り賃料を延滞ししかも原告より詳細な計算書を付して催告したに拘らずその催告期間を徒過したものであるから相互の権利義務を尊重する真面目な農民と認めることはできない。従て斯る場合には被告は当然右賃貸借契約の解約につき許可を与うべきであるのに拘らず右事実につき如何なる程度の調査をしたのか不明であるが漫然不許可の処分をしたものであるから違法である。

第二、被告の主張に対する答弁

被告が本件不許可処分の経過並びに正当性と題して主張する事実中原告が昭和二十二年頃訴外比奈田徳賢に対し本件土地の返還を求め被告に対し賃貸借契約の許可申請をしたところ昭和二十三年九月二十日山梨県農地部農地課主事井上武夫、同窪田隆美の斡旋により原告と比奈田との間に原告主張のような内容の協定が成立し被告が昭和二十四年十二月二十日附を以て第三千六百三十九番田につき賃貸借契約解約許可の処分を為し原告にその通知をした事実、旧安都玉村農地委員会が昭和二十六年七月七日第三千六百三十八番田について買収計画を樹立し之に対し原告より異議の申立及び訴願をなした事実並びに昭和二十六年十一月九日原告と比奈田間に被告主張のような内容の契約が成立した事実並びに原告が本訴において主張する昭和二十七年七月十七日附の許可申請に対し被告は第四千二百五十八番原野についてのみ不許可の処分を為しその余の二筆についてはその処分をしない事実はいずれも認めるが比奈田徳賢が第三千六百三十九番田を原告に返還したという事実は否認する。而して昭和二十三年九月二十日成立した契約の覚書にはその履行期が記載されていないけれどもいずれもその年内に之を履行する旨の申合せがあり採草地については分割すべき境界を明にしなければならないので同年十一月二十三日双方立会のうえその境界を定めることにしたのである。そこで原告は当日浅川享蔵外一名を雇つて現場に赴いたが比奈田は来ずに前掲協定を取止める旨の申出をした。それで原告は比奈田に対し昭和二十六年六月十九日前述のように延滞賃料の催告並びに条件附契約解除の意思表示を為し更に同年七月十七日附を以て村農地委員会を経由被告に対し賃貸借契約解約の許可を申請したところ同委員会は右申請書を握りつぶしていたが、被告は同年十一月九日に至つて実情を調査したうえ両者間を斡旋した結果同日更に原告と比奈田との間に被告主張のような契約が成立したのである。しかし右契約には比奈田において契約条項を一項たりとも即時に履行しなかつたときは右契約は自然解消となり原告は既に為した賃貸借契約解除の許可申請に基いて手続を進めることが定められていた。しかるところ比奈田は右契約に違反し即時土地の引渡並びに小作料の支払をしないばかりでなく翌日原告に対し右契約を取止める旨の申出をしたので原告は之を承諾した。従て右契約は取消となり原告の比奈田徳賢に対する三筆の土地の賃貸借契約は従前とおり存続することとなつたのである。そこで原告は更に昭和二十七年七月十七日改めて同人に対する賃料の不払を理由として賃貸借契約解約の許可申請をしたのであるから被告はその事情を調査したうえこれを許可しなければならないのである。

仍て原告は被告の不許可処分の取消を求める為本訴請求に及んだ次第であると陳述した。(証拠省略)

被告指定代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、

第一、被告が昭和二十七年十月二十日附を以て原告主張の土地の内第四千二百五十八番原野に対する賃貸借契約の解約を許可しない旨の処分をなし同年十一月九日その通知をしたことは認めるがその他の土地については被告はその処分をしておらない。

第二、本件事実関係

原告主張事実中原告が昭和二十一年一月訴外比奈田徳賢に対し別紙目録記載の第三千六百三十九番田一反一畝四歩及び第四千二百五十八番を含む原野約一反歩を賃貸したこと、同訴外人が原告に対し賃料として原告主張の金員を支払つたこと、原告が同訴外人に対しその主張の日附の書面を以て延滞賃料の催告並びに停止条件附契約解除の意思表示をなし右書面が原告主張の日に同訴外人に到達したこと並びに同訴外人が催告期間後の昭和二十六年七月七日賃料の弁済として金千四百円を供託し原告が右供託書を同訴外人に返戻した事実はいずれも認めるがその余の事実は否認する。本件の事実関係について詳述するに、

(一)  賃貸借契約の経過について。

訴外比奈田徳賢は昭和二十一年一月原告から高根村(旧安都玉村)北割字持井第三千六百三十七番田第三千六百三十九番田(一反一畝四歩)の二筆及び採草地として同所第四千二百五十六番、第四千二百五十七番、第四千二百五十八番原野の内約一反歩強を賃借した。而して翌昭和二十二年四月右の内第三千六百三十七番を原告に返還し新に同所第三千六百三十八番田九畝九歩を賃借した。そして更に昭和二十六年十一月九日第三千六百三十九番田を返還した。従てその後同訴外人の賃借地は第三千六百三十八番と前掲採草地だけである。

(二)  賃料関係について。

訴外比奈田徳賢が昭和二十一年賃借した当時においては賃料については特に取決めがなかつた。しかし同訴外人は右土地は従前他の人が賃借していたのでその当時の賃料を参考として原野の分をも含め玄米五俵と見積つたが同年度分は同訴外人が原告方の賃仕事をしたのでその賃料と右小作料とを相殺した。原告は同年度分の賃料の内藁一〆の支払をしないと主張しているが右藁一〆についての取決めは同訴外人の関知しないことである。昭和二十二年度分は玄米五俵見当に見積り之を金額に換算して金百六拾円を支払つた。昭和二十三年度昭和二十四年度分は各金百六拾円を原告方に持参したが原告はその受領を拒絶したので右合計金参百弐拾円は安都玉村農業協同組合の原告名義貯金口座に預入れた。原告はその後右金員を受領している昭和二十五年度の小作料は従来の七倍に変更されたが当時それが判らなかつたので支払をしなかつたけれども後に至つて金千五百円程度原告方に持参したところ原告はその受領を拒絶したので金千四百円を供託した。又昭和二十六年度においても金千四百参拾円を供託した。原告は全部の小作料の内藁一〆、原野については小作料小麦五升と定めたと主張しているが仮に右のような定めがあつたとしてもそれは旧農地調整法第九条の二第一項により無効である。

第三、本件不許可処分の経過並びに正当性について。

原告は昭和二十二年十二月頃より比奈田徳賢に対し本件土地の返還を要求したため両者間に対立を生じた、昭和二十三年九月二十日当時の安都玉村農地委員会の委員であつた原武保が原告及び比奈田の両名を伴つて山梨県農地部農地課を訪れ右両者間の調停を依頼した。そこで県主事井上武夫、窪田隆美の両名が調停の労を執つた結果(一)原告は比奈田徳賢に対し第三千六百三十八番を自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)所定の手続価格に依て売渡すこと、(二)比奈田徳賢は原告に対し第三千六百三十九番を返還すること、(三)原告は比奈田に対し原野(従来同人が採草していた土地)を無償贈与することに双方の合意が成立した。而して当時原告より被告に対し農地調整法第九条第三項の許可申請が為されていたが右のような当事者間の合意もあつたので被告は昭和二十四年十二月二十日附を以て第三千六百三十九番の土地についての賃貸借契約を解約することを許可しその許可書を原告に交付した。又安都玉村農地委員会は右合意に基き昭和二十六年七月七日第三千六百三十八番につき自創法第三条第一項第二号により買収計画を樹立しその手続を完了した――この買収計画に対しては同年七月十四日原告より異議申立があり同年九月十三日異議却下更に同年九月二十九日訴願があり昭和二十七年十二月十九日訴願棄却の裁決がなされたが昭和二十九年六月二十六日安都玉村農業委員会は県農業委員会の承認を得て自ら右買収計画を取消し原告にその通知をした――、しかし尚第三千六百三十九番田の現実の返還並びに原野の無償贈与等が残されていたので更に昭和二十六年十一月九日原告と比奈田間に(一)原告及び比奈田は昭和二十三年九月二十日県農地課井上、窪田両主事の調停せる調停条項を再確認すること、(二)右双方は昭和二十四年十二月二十日附山梨県知事が県指令農地第二一〇九号を以て許可した農地賃貸借解約の指令に基いて比奈田は第三千六百三十九番田一反一畝四歩をこの契約書締結と同時に即時原告に引渡し原告は第三千六百三十八番田九畝九歩を比奈田に売渡す計画を承認し第四千二百五十八番外二筆計二反六畝四歩中北方従前比奈田が採草していた土地を比奈田に無償贈与すること、(三)小作料の未納については双方の意見に相違があるので安都玉村農地委員会において調査のうえ未納の分は法定小作料に計算の上即時納入すること、(四)現在作付中の麦は昭和二十七年六月二十日迄に比奈田において引取を完了すること等の契約が成立した。従て第三千六百三十九番については即日返還されたのであるがその時には未だ比奈田徳賢が植付けた麦があつたのでその刈取に必要な行為をなすため立入ることは已むを得ないものと諒解されたのである。

右の如き経過により既に第三千六百三十八番は買収され又第三千六百三十九番は解約の許可があり原告に返還されたのであるから被告は昭和二十七年七月十七日附を以て原告より為された賃貸借契約解約許可申請に対しては第四千二百五十八番についてのみ不許可の処分をしたのである。而して原告は右解約の理由として賃料未納の事実を挙げているが比奈田徳賢は賃借人の義務違反として賃料を全然支払はなかつたのではなく旧安都玉村の現状からみて妥当な賃料を提供しても原告が兎や角云つて受領を拒んだのであつて同人には決して信義則に反する行為はない。又農地調整法施行令第十一条によれば解約の許可に当つては賃貸人が自作を為すに必要な経営能力施設等を有するや否賃貸借の解除により賃借人の相当な生活の維持が困難となる事情の有無を考慮しなければならないのであつてこの点についても賃貸人である原告方の農業従事者は原告老夫妻のみで経営能力が不足しており現に耕作中の農地ですら管理不十分な粗放耕作で適当の播種収穫ができない状態に在り一方賃貸借の解約に依り比奈田徳賢方の生活は著しく困窮に陥る事情にあるのである。

以上のような次第であるから原告の本訴請求中第三千六百三十八番第三千六百三十九番に関する部分は訴の対象を欠き又第四千二百五十八番に関する部分は理由がないから何れも棄却すべきものであると述べた。(証拠省略)

理由

原告が昭和二十七年七月十七日なした別紙目録表示の各土地に対する旧農地調整法第九条第三項による賃貸借契約解約の許可申請に対し被告が同年十月二十日附を以て右土地の内第四千二百五十八番原野につき右申請を許可しない旨の処分を為し同年十一月九日原告に対しその通知をしたことは当事者間に争のない事実である。

原告は同日別紙目録表示の土地全部につき被告の不許可処分があつたものとして右処分の取消を求めているが右の内第三千六百三十八番田及び第三千六百三十九番田についての申請に対しては被告は未だその処分をしておらないことは之亦当事者間に争のない事実であるから本訴請求中右二筆の土地に関する処分の取消を求める部分は訴の対象を欠きその利益がないこととなるので既にこの点において排斥を免れない。

仍て第四千二百五十八番原野四畝十二歩の内九十八坪について為した被告の不許可処分に原告主張のような違法事由が存するか否の点について判断する。

先づ被告が右処分を為すに至つた経過並びにその当否について考えてみるのに原告が昭和二十二年度以降訴外比奈田徳賢に対し別紙目録表示の三筆の土地(被告は右の内原野は第四千二百五十六番、第四千二百五十七番、第四千二百五十八番三筆合計中約一反歩であると主張するけれども弁論の全趣旨によれば右は単なる表示の問題であつて本件目的物の同一性には変りがないものと認められる)を賃貸している事実並びに原告が昭和二十二年頃から比奈田に対し右各土地の返還を求め当時被告に対し旧農地調整法第九条第三項による賃貸借契約解契の許可申請をしたところ昭和二十三年九月二十日山梨県農地部農地課主事井上武夫、同窪田隆美の斡旋に依り当事者間に被告主張のような内容の合意が成立し、被告は昭和二十四年十二月二十日附を以て第三千六百三十九番田については原告の解約を許可する旨の処分をなしてこれを原告に通知し更に昭和二十六年七月七日安都玉村農地委員会が第三千六百三十八番田について買収計画を樹立したこと、並びにその後昭和二十六年十一月九日に至つて更に原告と比奈田との間に之亦被告主張のような内容の契約が成立したことはいづれも当事者間に争のない事実である。而して成立に争のない乙第五号証、並びに証人竹中昌美(第一回)の供述に依ると被告は原告より昭和二十七年七月十七日附を以て為された賃貸借契約解約の許可申請に対しては前掲昭和二十六年十一月九日原告と比奈田との間に成立した契約の存在を前提として第三千六百三十八番田については自創法による買収済又第三千六百三十九番田については既に解約の許可済であるとの理由に依り何等の処分をせず更に第四千二百五十八番原野は右契約によつて原告より比奈田に対し無償贈与せられる約であるから解約許可の対象にはならないものとして昭和二十七年十月二十日附を以て本件不許可の処分を為したものであることが認められ他に右認定を左右し得る証拠はない。

しかしながら証人原武保、同竹中昌美(第一、二回)、同中島武治、同大石倉正、同植松貞子の各供述を綜合すると昭和二十三年九月二十日原告と比奈田徳賢との間に一たん前認定のような協定が成立したが比奈田は右協定を履行しなかつたため双方合意の上右協定を破棄し比奈田は従来どおり三筆の土地を耕作していたので原告は土地返還の小作調停を申立るなどして依然紛争を続けて来た。そして昭和二十六年六月十九日に至つて原告は比奈田に対し三筆の土地につき延滞賃料の催告並びに停止条件付の契約解除の意思表示をなすと共に同年七月十七日附を以て村農地委員会を経由被告に対し旧農地調整法第九条第三項に基く解約許可の申請を提出したところその実情調査の為県農地課より竹中昌美、大石倉正の両名が現地に赴き再度原告と比奈田間を斡旋した結果前掲昭和二十六年十一月九日の契約が成立した。而して右契約に当つて原告側は前の協定不履行の事実もあるので強硬にその締結を渋つたけれども結局比奈田において右契約を即時履行しない場合には原告より被告に対する前掲解約の許可申請を進行させるという含みを以てこれを承諾したものであるが同契約第三項に定められた懸案の延滞賃料の額につき双方の意見が対立して遂に妥結せず村農地委員会においても結論を出すことができず比奈田よりその履行がない儘の状態に立至り却て比奈田より右契約を解消する旨申出たので原告も之に応じその旨村農地委員会に通知した事実が認められ又右契約等に基いて為された第三千六百三十八番田の買収計画に対しても原告は直ちに異議訴願等をなして抗争して来た事実は当事者間に争がなく更に昭和二十九年六月二十六日に至つて安都玉村農業委員会は自ら右買収計画を取消し県農業委員会もこれを承認していることは被告の自認する事実であるから之等の点から推しても昭和二十六年十一月九日の契約はその条項が完全に履行せられなかつたため当事者合意の上これを解約するに至つたものと認めざるを得ない。はたしてそれならば原告と比奈田徳賢間の別紙目録表示の土地についての賃貸借契約は依然存続することとなり原告は改めて昭和二十七年七月十七日附を以て賃料延滞を理由とする契約解除につき許可を求めているのであるから被告は右三筆の土地につきその事情を審査して許否を決定しなければならない筋合であるに拘らず既に当事者間において合意解約となつた前掲契約を前提として他の二筆については何等の処分をせず第四千二百五十八番原野についてのみ却下の処分をなしたことは違法の措置たることを免れない。

尚進んで第四千二百五十八番原野について原告主張のような賃料不払の事実が存するか否の点について判断してみるに比奈田徳賢名下の印影の成立について当事者間に争がないからその余の部分についても真正に成立したものと推定する甲第一号証及び証人植松貞子の供述によれば尠くとも右原野の賃料は一ケ年小麦五升と定められている事実が認められこの点に関する証人比奈田徳賢の供述は措信し難いし証人中島武治の供述に依ても右認定を覆し得ない。原告は右原野並びに他の二筆の田全部の賃料として一ケ年藁一〆が加算せられる旨主張するけれども前掲甲第一号証の記載自体からみて藁一〆は賃料として加算せらるべきものではなく別個に贈与することを約したものと解するのが相当であつてこの点に関する証人植松貞子の供述は措信し難いし他に右原告の主張を認め得る証拠はない。被告は仮に右原野につき小麦五升とする賃料の定めがあつたとしても旧農地調整法第九条の二第一項に依り無効であると主張しているが同条第二項により斯のような物納小作料の定めは自働的に金納に転換されるのであつて小作料の契約そのものが無効となるものではないから右主張は当らない。原告は比奈田徳賢は同番原野の賃料として昭和二十二年度においては小麦五升に該当する金百円、昭和二十四年度においては小麦五升に該当する金百四拾九円の内金参拾六円、昭和二十五年度においては小麦五升に該当する金百六拾九円を延滞したと主張し証人植松貞子(成立に争のない甲第四号証と共に)はその旨の供述をしている。しかるところ昭和二十一年農林省告示第十四号に依れば物納小作料を金銭に換算する割合は小麦については一石当り金四拾四円四拾参銭(昭和二十五年九月十一日農林省告示第二百七十七号に依り同年度以降はその七倍)と定められていることが認められ原告主張のような割合に依て換算すべき何等の根拠がない。而して右告示所定の割合に依て換算すると小麦五升に該当する小作料は昭和二十四年度迄は金弐円弐拾五銭弱、昭和二十五年度以降は金拾五円七拾五銭弱となるところ比奈田徳賢は昭和二十四年度においては金納として金百拾円の支払をしていることは当事者間に争がないから同年度分の延滞はなく結局昭和二十二年度分として金弐円弐拾五銭、昭和二十五年度分として金拾五円七拾五銭合計金拾八円を延滞したに過ぎないこととなる。被告は右比奈田の賃料延滞は信義に反する行為ではないと主張しているが前掲甲第一号証、並びに証人中島武治、同植松貞子の各供述に依ると右第四千二百五十八番原野は第三千六百三十八番及び第三千六百三十九番の二筆の田地に附属する採草地として一括して賃貸借の目的とされたもので賃料の如きも当初より合算して支払はれていたものであることが認められしかも右二筆の土地の基本的賃料の額に関しても当事者間に争があり原告はその賃料の延滞を理由として三筆全部につき解除の意思表示をしているのであるから第四千二百五十八番原野のみを引き離して比奈田の賃料不払につき宥恕すべき事由その他信義違反の有無を判定することは相当でなく又無意味である。而して被告の処分には前認定のような手続上の瑕疵があり改めて右三筆の土地全部につき再審査のうえその許否を決定せしめるのが相当であると考えるから結局第四千二百五十八番原野について為した不許可処分は之を取消すべきものとする。

仍て原告の本訴請求は被告が第四千二百五十八番についてなした処分の取消を求める限度においてのみ正当としてこれを認容しその余は失当として排斥することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝)

(目録省略)

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